カラダバカ一代

世界一おバカな健康法マニアの突撃レポート

番外編その一 『嗚呼、さぬきうどん!』

f:id:heaton:20200610224919j:plainこんにちは。

讃岐うどんの為にマジで香川県で職探しをしたカミオムです。

この番外編では、健康法からは最も遠い、しかし私の死ぬほど好きな食べものとの長き闘い?について書いていきたいと思います。

いつも以上に役に立たないので覚悟してください。

私は横浜生まれのハマっ子ですが、もし転生出来るとしたら迷わず香川県民になる程のうどん好きです。

初めて讃岐うどんを食べたのは意外にも小学生の時、横浜線鴨居駅前にあった『さぬき屋』と言うお店に家族で入った時でした。

大好きなたぬきうどんを注文して出てきたのは見たこともない黄金色で透明感のあるスープでした。

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それまで関東風の濃口醤油の真っ黒ツユしか知らなかった私は
「お母さん。これ醤油入れ忘れてるよ。塩味かなぁ」
と言いつつ、麺をすすり始めました。

今も思うのですが、本当に美味しいモノって直ぐにはわからないものですね。

最初は出汁のきいたおつゆに、何か違うと思ったものの、味が薄いような気がして、んん?と思いながら食べていました。

今思えば、この時、舌の味蕾の中でも讃岐うどん専用の新たな感覚が開発されていたのかもしれません。

食べ終わる頃には、果たして私は純度100%のウドニストに変化していたのです(なんじゃそりゃ)。

その日以来、世界で一番好きな食べものが、デパートの食堂で食べるカレーライスから讃岐うどんへと代わりました。

幸い、隣駅てある鴨居駅には祖母が住んだいたのて訪ねる機会は多く、それから20数年、何十回もさぬき屋へ来訪し、毎回その美味さに感動していました。

それはもはや、信仰心に近いものであったという・・・

心からこんな美味しいモノを生み出した讃岐という土地に憧れいつか絶対に行く!いや住む、と誓いました。

幸い、さぬき屋は支店がいくつかあったので大学生になる頃まで、人生の中でもかなり優先度の高い重要な楽しみとして、月に何度も通いました。

大人になって知ったのですが、「さぬき屋」は、本場の讃岐うどんそのものというより関東向けにアレンジされており、そこまでコシがあるわけでもなく、出汁もイリコではなく、関西風のかつお節の出汁だったようです。

それでも、私には最高の料理でした。


嬉しい事があればお祝いに食べ、失恋や受験に落ちたら自分を慰めるために食べ、私の人生を立て直すときに貢献してくれた料理ナンバーワンです。


そんなさぬき屋で、一番好きなメニューは力うどん。

もう糖質制限サイドから見ると「炭水化物に炭水化物を乗っけた」悪魔的な一杯ですが、思い出すだけで感動の涙が流れるくらい美味しかったのですよ。


まるで女盛りの年増女の肌のような、白いうどんの上に、ふっくらとふくらんだキツネ色の焼き切り餅が二つ。

細く切った海苔がパラっと散らしてあり、
その横には緑鮮やかなほうれん草と、金色に輝く揚げ玉が少し。

そして薄く切った可愛らしいカマボコの紅。

そのまっ白な麺とお餅の上に、キレイ鮮やかな七味唐辛子を散らすと、まあ、こんなに美しい食べ物は他にあるでしょうか?

天国のような、出汁の香りを吸い込み、私はお釈迦様になったような笑みを浮かべているのです・・・(悟った?)

「また、会えたね…」と恋人のように囁きかけ、真っ白なうどんををすすり、むせび泣く・・・

立派な変態ですな。


社会人となり東京で一人暮らしを始め、名だたる讃岐うどんの名店もほぼ制覇しましたが、やはり横浜の「さぬき屋」はかなりレベルの高い名店だと言うことが確認できました。
(残念ながら閉店しましたが)



さて、数年後、家庭もでき長男が生まれた頃。

『うまひゃひゃさぬきうどん』という本が発売されました。

これは、東京に住むさとなおさんが、偶然香川県のタウン誌に連載されていたうどん屋探訪記「恐るべきさぬきうどん』を読んで香川県のディープな讃岐うどんの世界にはまっていくという内容で、私にとってもバイブルに等しいものとなりました。

これをきっかけに讃岐うどんブームが起き、映画「udon」も公開されヒットして、香川県への聖地巡礼がやってきたのです。

私は擦り切れるくらいこの本を読み、もし自分が行く時はどの店を周るか、何度もシュミレーションしました。

そして、息子が一歳になるのを待って、初の聖地巡礼に出かけたのです。

高松空港に降り立ち、レンタカーでさっそく有名店を周りはじめて興奮気味の私。

初めて来たのに、町名・地名が全て分かり、既に土地勘まであったのには我ながら驚きました。

その日のうちに昼間は家族で3軒、釜玉うどんの元祖で最高峰と呼ばれるセルフのお店も周り、夜になって妻と赤ちゃんが休んだあとも1人高松市内の店を食べまくりました。

そして、2泊3日でこれでもか!と讃岐うどんを食べ続け、最後にダメ押しに高松空港でも食べて帰るという徹底ぶり。

実は本気で香川県に移住する下見の目論見もあったのですが、息子がアトピーで、香川県の乾燥した地中海風気候が肌に合わないとの事で、妻から却下されました。

(それがなくても無理だったかも。たかが、うどんの為に東京から移住する意味がわからないと言われました)



思った以上にうどん愛が、止まらなくなっておりますが、実は最近、ここまで愛していた讃岐うどんと微妙な関係になってしまったのです。



なぜなら、ここ数年の糖質制限の嵐が、我が家にも襲ってきたからです(いや、無視すればいいんだですが)

この新しい潮流に、新しいモノ好きの私はにすっかりハマりました。

食品糖質量ハンドブックを常に持ち歩き、ほとんどの食品の糖質量を暗記していました。

それを聞いた同じ職場の若い女の子から
「カミオムさん、そんなことしてないで仕事してください」
と呆れられたほどです。(ごもっとも)

この糖質制限、確かにあっという間に7キロ近くダイエットできて、効果絶大だったのですが、一番つらかったのは、私の三大好物、うどん、カレー、ラーメンが全てダメになってしまったこと。
うどんなんて、ほんの一食で低糖質の上限値を軽く抜いてしまい、カツカレーなんて食べた日には3日分の糖質をとってしまう・・・


低糖質の麺やカレールウも試したのですが、やはりなんか、違う。


あの、命より大切だった讃岐うどんを、続けつつ、糖質制限も楽しむにはどうしたらいいのか?

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実は、まだ答えはでていません。

ただ、若い時のように一日三食、週6日間はうどん、という食生活はやめざるを得ませんでした。(いや、それ、全然健康的じゃないから)

今のところ、たま―に、本当においしいお店で食べるのはチートデイとしてオッケーにしています。

ごくたまに、丸亀でも食べたりしますが、家での冷凍うどん加ト吉はほぼ、なくなりました(涙)

というわけで、永遠のライバル、(強敵とかいてトモと呼ぶべきメニュー)、うどん大王様とはまだまだ因縁の戦いが続きそうです・・・・なんだこれ?